あ、1本いいっすか?

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up-date: Sun, 18, Mar.


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2010/05/13

あんず

投稿者 じん   5/13/2010 0 コメント
 高尾山帰りで寝過ごした各停の、終着駅が高幡不動。呼ばれたかな?と思いつつ、数年振りに珈琲はうすあんず村に足をのばし、マイルドブレンドとちょび助でひと休み。
 「やっぱりいいお店だな」なんて珈琲飲んでると、2人の女の子が、斜め向かいの席に入ってきた。何気なく追う僕の目と、隣の席にカバンを置こうと横を向いた彼女の目がぴたり。
 3つ星つけていたお店に星を1つ上乗せして、珈琲をお代わりしました。その日の夕焼けがピンク色に染まったのは出来すぎでしょう。


2010/05/10

チャック・パラニク(チャック・パラニューク)3

投稿者 福田快活   5/10/2010 0 コメント
さて、このパラニクのシリーズも最終回。『インビジブル・モンスターズ』を書くためにダイヤルQ2して、色んなひとの変態話を収集してたってとこまでが前回。変態話はまた「真実」の物語でもあった。そして世界は物語る人々で出来てる、とか。

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4冊目の本『チョーク』の下調べするあいだ、セックス中毒者のおしゃべりセラピーに週2回、6ヶ月間参加した。水曜と金曜の夜。

多くの意味でこの雑談会は、ぼくが参加してた木曜夜の作家ワークショップとあんま違わなかった。どっちの集まりもただ「自分の物語する人たち」だった。セックス中毒者はひょっとしたら技巧にあんま関心がなかったかもしんない、でも数多の風呂場セックス・売春婦の物語して、観客からいい反応をひきだす腕はもってた。多くの人はもう何年も集会で語ってきたもんだから、耳をかたむけると、そこには素晴らしい独白が在った。抜群の役者が彼―彼女自身を演じてる。1人芝居のモノローグから本能が感じられるんだ――ゆっくりと明かされる重要な情報、創られてゆく劇的緊張、ヤマ場を組みあげて、聴衆を完全に巻き込む本能。

『チョーク』のときはボランティアとしてアルツハイマー患者とも同席した。ぼくの役割はただ患者がみんなクローゼットん中の箱にしまってる古い写真について聞くだけで、彼らの記憶を試し、刺激しようとしてた。看護スタッフには時間のない仕事だった。この仕事も、「物語を語ることについて」だ。日がな日がな同じ写真をみるんだけど、患者がちがう物語をするうち、『チョーク』の脇筋が出来あがっていった。ある日だと、美しい胸も露わな女性は彼らの妻だった。つぎの日、彼女は海軍に勤めるあいだメキシコで出会った女だった。その次はむかしの同僚だった。ぼくが打ちのめされたのは・・・「彼女が誰か説明するためには、話を創るほかないんだ」ってこと。もし忘れちまってても、絶対に認めなかった。穴だらけのウマク騙られる物語はいつだって、「そんな女憶えてない」って認めるよりましだ。

ダイヤルQ2、病気支援グループ、12段階グループ、これらの場所はぜんぶどうやったら効果的に物語を伝えられるか、まなぶ学校だ。声に出して。人前で。ただアイデアを探すんじゃなくて、どう演じるか。

ぼくらは物語に寄っかかって人生を生きてる。アイリッシュであること黒人であること。ぎっしり働くこと、ヘロイン打つこと。男であること女であること。ぼくたちの物語を支える証拠さがして人生をすごしてる。作家やってると、ただそういう人間のありかたが分かるんだ。キャラクターを創るたび、そのキャラクターとして世界をながめる、そのリアリティーをたったひとつの本当のリアリティーにする細部を探す。

事件を法廷で争う弁護士のように、読者に自分のキャラクターの世界観の真摯さを受けとめてもらいたくて、代弁者になる。読者を、彼ら自身の人生から休憩させたげたいんだ。彼ら自身の物語から休ませたげたい。

ぼくはこうやってキャラクターを創る――どうもぼくはキャラクターひとりひとりに、世界の見方を制限する教育や技術をあげたがるみたいで:清掃人は落とさなきゃいけない汚れの繰り返しとして世界を見る。ファッションモデルは社会の注目を競うライバルの繰り返しとして世界を見る。落第医学生は末期病の予兆かもしれない黒子と引きつり以外、なんにも見ない。

ちょうどぼくが書きはじめた同じ時期に友達と毎週恒例の「ゲーム・ナイト」ってのを始めた。毎日曜午後、集まってパーティー・ゲームをするんだ、ジェスチャーゲームとか。一向にゲームをはじめない夜もある。ぼくたちが欲しかったのは口実と、時には仕組みだけ、一緒にいられるように。書き物でいき詰まってたら――どうしたら新しいテーマを作り上げれるか?――あとで「みんな種まき」って呼ぶようになるコトをした。会話のトピックを場に投げ出して、こっちから短いおもしろ話をしたりして、他の人に自分のを話すよう刺激する。

『サバイバー』を書いてて、ぼくがトピック;掃除のコツを持ち出す、するとみんな何時間も教えてくれる。『チョーク』のときは暗号化された警備放送。『ダイアリー』のときはぼくが作った家の壁の中に見つけた;置いてったものの話をした。両手一杯のぼくの話を聞いて、友達も話してくれた。お客たちもしてくれた。夕方になれば、もう本にするに十分だった。

こうすると、孤独な営為「書く」も人のまわりにいる口実になる。順ぐりに人が物語にガソリンくれる。

独り。一緒。事実。フィクション。これは環だ。
喜劇。悲劇。光。闇。たがいを定義する。
効くよ。ただ、どっか一つ所に停滞しなけりゃ。

2010/05/07

電子の本と紙の本(2)

投稿者 Chijun   5/07/2010 1 コメント
(2)と銘打っておきながら,(1)とはタイトル変えました。(1)は「電子書籍と紙の本」でしたが,今回は「電子の本と紙の本」としてみました。
「名付け」というのは面白いもので,新しい,それまでにないものや概念が出てきたときに,それに合わせて造語するという方法もありますが,いずれにせよ,既存の,ありあわせの言葉を使ったり,組み合わせたりして,何とか名前をつけようとがんばるわけです。
そしてがんばった結果,ときにおかしなことになりますよね。「電子書籍」というとひとまとまりの名詞として違和感が見えにくいですが,「電子の本」というと「あれ?」となりません?そう,今流行の(そしてこれからますます流行るであろう)「電子書籍」って,形もないし,「ページ」ったってデータ上で擬似的に作られたインターフェースに過ぎないし,書籍=本じゃないんじゃない?…と,立ち止まって考え込んでしまいます。
そして同時に,わくわくするわけですね。未知の部分が多いゆえに,いったいどうなるんだろう,なにはともあれいいものになってほしいな,と大いに期待を寄せるのです。
電子書籍(書いていていちいちもどかしいです)の話題が盛んになる前,九十年代後半からゼロ年代前半にかけては,「本離れ」がずいぶん口やかましく騒がれたものです。実際文字通りの意味でいえばみんな「本」を離れつつあるのでしょうが,「本離れ」という問題意識の主眼が「ある一定のまとまりをもった文章を読まないのはいかん」ということだとすれば,実はそんな心配は杞憂に過ぎないといえるのではないでしょうか。というのも,「ある一定のまとまりをもった文章」は日々大量に生産され消費されているからです。ネット上で。この私の文章とておなじこと。こうなってくると,「本離れ」との戦いというのは,一体何ものと戦っているということになるのでしょうか?ひょっとして相手のいない一人相撲?
しかしあまり楽観的になって「電子書籍万歳!」とだけいっているのもあまり芸がありませんね。「書く」が「打つ」に変わり(これはもう一昔前の話ですが),「紙」が「電子」に変わる。手段や媒体が変われば,中身も変わらずにはいられません。ワープロの使用とともに読点の多い文章が増えたとか,ブログ・携帯小説・メールの流行とともに一文が短くなり,改行が多用されるようになったとか。ひとつの文がうねってねじれてどこにたどり着くかも分からぬままじっと息を詰めてもだえて考え込んで追っかけてようやく句点にたどり着いてほっとする,そんな重厚感のある文章になかなかネット上では出会えないなあ…と思っていたら,どうも最近はそうでもなくなってきてません?新聞や雑誌,あるいは硬派な書籍に劣らないような鋭い論考をブログ上で発表されている方がどんどん目につくようになり,ますます「本離れ」との戦いが,ドン・キホーテ的な滑稽さ(悲壮さ?)を帯びてきているようにも思われます。
果たして「本」はこれからどう変質していくのでしょうか。見たこともない発見に驚き呆れ,なおかつ感動をもたらしてくれる,そんな文章との出会いを楽しみにしています。

2010/05/01

チャック・パラニク(チャック・パラニューク) 2

投稿者 福田快活   5/01/2010 0 コメント
nobutovskiの更新が遅れまして、すみませんm(_ _)m 4/28更新と予告したのですが、5/1になりまして、、、今後このような手抜かりのないよう、急度叱り申しつけておきますれば、何卒、何卒、御見物衆のかわらぬご贔屓ご引き立て、願いたてまつりまするう~~~m(_ _)m

さて前回はどこまで訳したんだっけ?――そう、パラニクが書くのは「書くこと」で他のひとと一緒にいれた=つながれたから、てとこまでだったね。パラニクに言わせれば『ぼくの本はぜんぶ「寂しい人が他の人とつながる方法を探してる」』で、こっからは具体的に『ファイト・クラブ』はじめ彼の小説のはなしがはじまる――

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ファイト・クラブ』の成功について、ぼくのお気に入りの説は、人と人がいっしょにすごす枠組みを提示したから、なんだ。人は新しい繋がりかたを知りたがってる。『キルトに綴る愛』とか『ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密』とか『ジョイ・ラック・クラブ』のような本をみてよ。こうした本はぜんぶ枠組みを提示してる―キルトをつくったり、麻雀したり―そうしたら人が一緒にいれて、自分たちの物語をわかちあえる。こうした本はぜんぶ、共通の活動あって結わえられたいくつもの短い物語なんだ。もちろん全部女の物語。男の社交の新しいモデルってのはあんまり見かけない。そうだね、スポーツ、納屋の棟上げ。それくらいだね。

で、いまファイト・クラブがある。良かれ悪しかれ。

『ファ イト・クラブ』を書き始める前、ぼくは慈善ホスピスでボランティアしてた。ぼくの仕事は診療予約や支援グループのミーティングへ車で人を送ること。そこではてきとうにみんな座って、そう教会の地下室とか、病状くらべたりニューエイジ体操したりして過ごしてる。そうしたミーティングはぼくに居心地悪かった。どんだけ隠れようとしてもみんなぼくも同じ病気もってんだろと穿つんだ。ただ見守ってるだけ、ホスピスにもどって責任を果たそうとしてるだけの観光客、って穏便に言える方法なんてありゃしない。だからぼくは、焦点のあわない自分の人生を慰めようと重病者の支援グループに出没する男の物語を自分のなかでつくりあげていった。

多くの意味でこうしたとこ-支援グループ、12段階回復グループ、デモリション・ダービー-はむかし宗教が果たしてた役割を果たすようになってる。そのころぼくたちは教会にいって自分の最悪な面、ぼくたちの罪、を曝してきた。じぶんの物語を伝えるため。許されるため。贖われ、共同体にふたたび受いれてもらうため。この儀式はぼくたちが人と繋がるための方便で、不安が、ぼくたちを人間性からあまりに遠ざけてしまって自分が失われてしまう、まえに解消させる方法でもあった。

こうしたとこでぼくは誠実な物語を見つけた。支援グループで。教会で。どこだろうともう失うものがないとこ、そこで人はもっとも真実に近づいてた。

『インビジブル・モンスターズ』を書いてる間、ぼくはダイヤルQ2に電話して、ひとにとびっきりのエグい話をきかせてよ、てせがんでた。電話してこう言えばいいんだ:「やあ、みんな元気?アツイ兄弟姉妹近親相姦のはなし探してるんだ。おまえの聞かせてよ!」とか「あんたのいっちゃんエグくて不潔な女装・男装ファンタジー聞かせてよ!」そうすりゃもう、何時間ものメモさ。そこにあるのは音だけだから、猥褻ラジオショーみたいなもん。お粗末な役者もいれば、胸張り裂かれることもある。

ある電話で男ノコが話したのが、「てめえの親を児童虐待と育児放棄で訴えるぞ!」て脅されたんで警官とセックスさせられたことだった。警官はその男子に淋病をプレゼントして、彼が助けようとした両親は・・・彼を追い出して浮浪児にした。自分の物語をしながら、おわり近くで彼は泣きだした。もしあれがウソなら、最高の演技だった。小っちゃなマンツー劇場。もしそれが物語なら、それでもすばらしい物語だった。

もちろん本の中でつかったさ。

世界は物語る人々でできてる。株式市場をみてみなよ。ファッションでもいい。どんな長編物語、小説も短い物語の組み合わせだ。

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さて次は「3」で最後だ。ずいぶん長い、分載?になっちまったけど、最終回も「みんな観てくれよな!」って台詞でバイバイキーン^(ノ◎皿◎)^ノ 

The Brief Wondrous Life of Oscar Wao(前編)

投稿者 サトウ   5/01/2010 3 コメント
 授業で読んでいる本がおもしろい。ドミニカ系アメリカ人のJunot Diaz という人の書いたThe Brief Wondrous Life of Oscar Waoという作品である。まだ半分しか読んでいないのだが、なんとなく感想を書いてしまうのである。
 主人公はタイトルにあるとおり、オスカーOscarという、ニュージャージーで暮らすドミニカ系の移民二世。デブでSFオタク、週末にはヤオハンで日本のオタクカルチャーにどっぷり浸かる。人生で最高にモテたのは7歳のころ、という、ちょっと哀れな男の子の生活が作品の主軸をなしているようなのだが…。
 これがなんだか変な作品なのである。まずは大量に混入されるスペイン語。わたしはスペイン語を習ったことがないので全然わからない。ただし、なんとなく「ここはののしり言葉かな」とか「これはおじさんとかおばさんとか、とにかく親戚を表す単語だろう」ぐらいの推測はつくので、内容を完全に見失ったりはしないところがすごい。
 また、この作品はいくつかの章にわかれているのだが、章によって話者が次々と変わり、人称も変わる。一章ではオスカーの悲惨な生活が三人称でおもしろおかしく(雰囲気は森見登美彦と似ているかもしれない)描かれるが、二章になると突然二人称の文がすこし挟まれ、直後にオスカーの姉ローラLolaの一人称の語りがおかれている。このローラの語りは母親とのかなりハードな確執が描かれていて、一章とはがらりと変わって切迫している。ちょっとThe Catcher in the Ryeのホールデンを思い出した。
 半分読んだ段階で、この本のもつ一番の特異性は、実は「語り手」の存在にあるのだ、と気づいた。それは三章に現れる。全体的には三人称の語りによって、オスカーの母ベリシアBeliciaのドミニカでの十代からアメリカに移住するまでの経緯が描かれるのだが、なぜかところどころに「わたし」が乱入してくるのである。三人称の語りを他の人称と比較した場合、どちらかといえば中立的で俯瞰的な視点を読者に提供するもの、すなわち読者に出来事を伝達する、透明度の高いメディアといえるだろう。しかしここでは、たとえばベリシアが十代の頃働いていたレストランの客と話している場面で、語り手は「いまでも私は車に乗っているとときどきその男を見かける」などと、あまり関係のないような自分の体験をつい言ってしまう。それから、やたらに注が多い、というのもこの本の特徴なのだが、ここでも謎の「わたし」が自分の体験や感想、詳細なドミニカの歴史、そしてなぜか創作過程(「じつはここに出てきた○○という地名は草稿の段階では××にする予定だった」など)を明らかにしてしまったりする。こうした三人称の語りのなかでは違和感を与えるような一人称の発話が挿入されることによって、しだいに語りが抽象的な「視点」としてよりは、生身の身体をもった誰かの「声」として存在しているように思えてくるのだ。

 語り手はいったい誰なのだろう、と思いながら読み進める。そうでなくても、どんどん先へ進みたくなる小説である。ついでにいうと、スペイン語だけでなく日本語もときどき出てくるのだ。アメリカの小説にkatana、kaijuなど、日本語がたくさん出てくるのはなんだか不思議だ。otakunessという言葉が出てきたときは笑ってしまった。

 全部読んだら改めて書こうと思う。

2010/04/25

「報われない想い」by 愛子

投稿者 せんちゃん   4/25/2010 0 コメント
人は何の為に生まれてきたのか。

これは人間にとって永遠のテーマであり、統一された明快な答えは無い。

個々が人生を歩んでいく過程で見つけていくものだからだ。

感情の多様な色を知りながら答えを探していく。

その過程で人の優しさに触れ、その存在を肯定したくて、まっすぐでひたむきな感情を向ける姿は純粋で美しい。

けれど本来、人は孤独な生き物だ。

生まれてくるとき、死んでいくとき、いつ何時もその行動を自身のものとして感じられる人は本人しか居ない。

どんなに感情移入したとしても完全理解は存在しない。

それを知りながらも自分の想いを相手に理解して欲しいと願う。

認めて欲しくて精一杯伝えようとする。

誰でも無意識に行っていることだ。

私が人身事故などのニュースを見て「切ない」という感情を抱く理由はそこにある。

ニュースを耳にした私は、まず自分の大切な人たちのことが脳裏に浮かぶ。

そして、普段の楽しい会話、笑顔、温もりが生々しく思い起こされ、その人たちの計り知れない闇を少しでも取り除けているのか不安になる。

人の為に出来る事の幅の狭さのようなものを感じてしまう。

おそらくみんな分かっていることだ。

全ての人が自分を理解してくれる訳ではないし、好意を抱かれる訳でもない。

少数でも自分の居場所を創ってくれる人が居ればいい。

それすら居ないと感じた場合、人に向けられていたエネルギーがマイナスに作用する。


その報われない想いが存在することが切ないと感じるのだろう。

人にはそれぞれ個性がある。

自分にはないものを持っている人に魅かれ、あらゆる化学変化が起こる。

世界はその化学変化によって構築され、新しい時代が始まるきっかけにもなる。

けれどその個性が時には仇となり、外に追いやられる人が居るのも事実だ。

その悲しき矛盾の下で、人は多種多様な生き様を晒していく。

すべての人の傍に暖かく見守ってくれる存在が一人でも居ることを儚くも願う。

ヘンタクロース

投稿者 Chijun   4/25/2010 0 コメント
「クリスマスというものを馬鹿にしてはいけません。これは、子供たちが何歳でサンタクロースの存在を否定するに至るかを棒グラフにしてまとめたものです。確かに近頃の子供たちは幼くしてサンタクロースの存在を否定する傾向にありますが、だからこそ逆に、今我々の信念と努力が試される時なのです。自らの聖なる職務に自覚と責任を持ち、皆さんの役目を全うしてください」

そういって教師が教室を去ると、3–B組は一気に乱れました。女子生徒たちは男子生徒たちの見ている前でサンタクロース・コスチュームを器用に脱ぎだし、下着を見せる一暇も与えぬ間にハラジュクで買った他校の(あるいは実在などせぬ学校の)カワイイ制服に着替えています。
「カラオケ行こカラオケ」
「今日は私がM歌うんだからね。絶対先に歌っちゃだめだよ」
「それよりさーケーキ食べたくね?」
「え、カラオケ? 俺らも一緒に行くー」
「えマジ? ちょマジ? おれ『いつかのメリークリスマス』歌いてえ」
「ったく、縁起でもねえなあ。テンション下がるからやめてくれよ」
「だいじょぶだって。あれはサンタさんじゃなくて旦那が嫁にプレゼント買ってそれで二人幸せよ、って歌なんだから。俺たちより旦那のがいい!って思ってもらえりゃ、そっちの方が好都合じゃね?」
「おいヘンタ、たまにはお前も来いよ」
「やめとけって。よりにもよって24日に、そいつがついて来るわけねえだろうよ」

そういって男子生徒が見下ろした先に、背を小さく丸めて机にしがみついたままの男が居ました。皆にヘンタクロース、ヘンタクロースと蔑まれるこの男はしかし、サンタクロース育成学校たるこの学び舎で、その精神を最も尊敬されてしかるべき男のはずだったのです。というのも彼は、生徒だけではない、教師も含めて誰一人己が職務の聖性など信じるもののなくなったこの学校で、ただ一人世界中の子供たちのサンタクロースを求める清心を信じ続けているものなのです。

教室が静まって数刻の後だれもいなくなったのを脇目に確認してからようやく、男はゆっくりと動き出しました。誰も気づいてくれるものはありませんでしたが、昨晩自らアイロンをかけてきたサンタクロース・コスチュームを型通り身にまとった男は、教室の後ろの方にあるロッカーからプレゼントの詰まった白袋を取り出し、いざ教室を出ようとしたところでつまずいてこけてしまいました。しかし学校には、彼の不様を嘲笑するものすら残っては居ませんでした。

何度も落第してようやく手に入れた運転免許が制服の内ポケットに入っているのを確認すると、ヘンタは「レッド・ノーズ」と名付けられたトナカイの鹿房にやって来て、自分の足ほどの太さのある縄でトナカイと橇とをきつくしばりました。
「やあ、レッド・ノーズ。調子はどうだい? ただの練習じゃない、今日は本番なんだ。きっとうまくやってくれよ」
「・・・・・・」
「君は落ちこぼれなんかじゃないぞレッド・ノーズ。そのぴかぴかの鼻は暗い夜道でよく光るからな」
そのときトナカイが厳しい視線を投げて来た気がして、ヘンタは慌てて橇に飛び乗り、勢いよく鞭を降って叫びました。
「ハイドー!」

広い宙にひとりぼっちになるとヘンタはがぜん元気が出てきました。勢いよくトナカイに鞭をふるってはハイドーハイドーと高く声を上げます。しかし怠惰な友人たちに仕事を押し付けられているヘンタには、夢中に気持ちよくなっている暇などありません。どんどん白袋のプレゼントを配って回らなければならないのです。ヘンタは灯りを頼りに狙いの家を定めるとトナカイを急降下させ、よしいくぞ、と思ったところで急ブレーキをかけました。というのもその家は鉄筋コンクリートでぐるりと囲まれた丈夫な家で、ヘンタの入る隙などなかったのです。しかも窓から覗いてみたところ子供たちは既に親からプレゼントを手渡されていて、満面の笑みを浮かべているではありませんか。一家の幸福の邪魔をしてはいけない、そう思ったヘンタは、手早く次の家を探すことにしました。
二番目の家は一軒家でしたが頼みの煙突もなく、さてどこから入ったものだろうかとヘンタは家のぐるりを物色しだしました。最近ではサンタクロースを泥棒と間違えてしまうおっちょこちょいな警察も少なくありません。ようじんようじん、そうつぶやきながら家を回っていたヘンタの目に入って来たのは、お財布から一万円を抜き取って子供に差し出すお母さんの笑顔でした。それを受け取る子供もまた、顔には満面の笑みを浮かべていたのでした。

「こんなことじゃだめだこんなことじゃだめだこんな・・・・・・」
そうつぶやくうちに、トナカイを走らすヘンタの目からは知らず涙があふれ出ていました。町の人たちにまぎれて今ごろはカラオケ・ボックスで陽気に歌い踊っているであろう友人たちが言っていたように、やはり、もうサンタクロースを待っている子供など居ないのでしょうか。しょせんヘンタはただの変わり者で、彼の信念など独りよがりにすぎないのでしょうか。もう誰もサンタクロースを・・・・・・
「ヘンタ、早く指示をくれ。さっさと次の家に行こうじゃないか」
レッド・ノーズが声をかけてくれるなど滅多にないことなので、ヘンタは一瞬どこから声が出ているのかとびっくりしてしまいましたが、しゃべっているのはやはりレッド・ノーズです。
「別にお前のことが好きなわけじゃないが、お前のやっていることは間違っていないと思う」
レッド・ノーズはまっすぐ前を向いたままそういうと、いつでも出発できるぞと言わんばかりに、夜目に美しく赤々と輝くハナから熱い息を吹き出します。
「そうだ、ぼくはまちがってない」
ヘンタはもう一度自分の神聖な職務を心静かに確かめたように強いまなざしを取り戻して、レッド・ノーズの尻を叩きました。

三番目の家に近づくにつれ、屋根からにょっきりと空に向かって突き出している物体が、ヘンタの目に入りました。
「あれは!」
ヘンタは興奮を抑えきれません、そう、それは今はあまり目にすることも出来ない、昔ながらの煙突ではありませんか。ヘンタは煙突のぎりぎり真上までトナカイを走らせると、見事な垂直を描いて落ちるように煙突の中へ突っ込んでいきました。ところがその煙突の長いこと長いこと。真っ暗な一本道をどれだけ進んでも、いっこうに煙突を抜けられそうな気配がありません。暗い、冷たい、じめじめした煙突の中でヘンタは恐怖に駆られて何度も引き返したいと思いましたが、折り返せるだけの道幅の余裕もなければ、トナカイにも全くその気はないようで、今は乗り手の気持ちなど全く無視してずんずん下っていく勢いです。

ようやくトンネルを抜けるとそこは雪一面の野原で、少し離れたところにぽつぽつと建つ家には驚くことに、すべて煙突がひょっこりとついているではありませんか。まるでおとぎ話に出てきそうな幻想風景に見とれているうちにヘンタは橇を止めることもすっかり忘れて、そのまま雪の中に墜落してっ込んでしまいました。それからどれほど時が経ったでしょうか、ヘンタがようやく顔を上げるとびっくり、周りを大勢の人たちが取り囲んでいます。橇を失ったヘンタはすっかりいつもの臆病風に吹かれて、背を丸めて雪に顔を埋めてしまいました。

「イヨッホーイヨッホー」
男の声が高く上がると、それに続いて
「ソーレイヨッホーイヨッホー」「ソーレイヨッホーイヨッホー」「ソーレイヨッホーイヨッホー」
と人々が大合唱のように大きく声を揃えて歌い出しました。ヘンタはいよいよおびえて雪に穴を掘らんばかりの思いでしたが、よくよく聞いてみると人々の声はとても陽気で、どうやらヘンタを歓迎している。それどころか待ちに待っていたといわんばかりのようにも聞こえます。ヘンタにはわからない言葉でしゃべっていたものの、どうやらそうにちがいない、とヘンタには信じられたのでした。幼い頃から蔑まれ続けて来たヘンタなのに、大勢の人々が彼の到来を祝福しているのです。このままではいけないと思ってヘンタも勇気を出して顔を上げ、にっこり笑おうと努力してみたのですが、つり上がった唇の先はプルプル震えてしまうし、目元には変な力が入ってしまうしで、どうにも奇妙な笑顔が出来上がってしまいました。
そこへたくさんの村人の中から豊かなひげを蓄えた男が近づいてきて、突然ヘンタの前にひれ伏して顔をどすんと雪の中に突っ込み、ヘンタの前に両手を差し出します。何のことやら分からずにヘンタの引きつった顔はさらに引きつり、すっかりかたまってしまいましたが、慌てて気づいたかのように
「メリークリトリス!」
と声を限りに叫ぶと、雪に突っ込んだ時も必死につかんで離さなかった袋の中から、プレゼントを取り出そうとしました。ところが、袋の中はまるで空っぽで、ヘンタがグルグル手を引っ掻き回しても、何も出てきやしません。ヘンタの顔はいよいよおかしく引きつって、ついには笑い顔だか泣き顔だか分からないほどになってしまいました。村人たちの中数人首を傾げ出すものが居て、近くの人と何やらこそこそ話をはじめだすものも出てきました。そして次の瞬間には最初男がやったのと同じように、諸人こぞって顔をどすんと雪に突っ込み、ヘンタに向かって手を差し出してきました。
「クリ、クリ、クリクリ、ギャーーー!!」
と叫ぶとヘンタはとうとうその場に倒れ込み、目をクルクル回して気を失ってしまいました。

———

どうもヘンタが学校に出てこない、登校拒否? しかしあのヘンタが? 不器用でも熱心に人一倍の努力だけは惜しまなかったあのヘンタが? やっぱりあのとき無理してでもカラオケにつれてった方がよかったかな?
そんな噂が生徒たちのなかでもてはやされたのもつかの間のこと、いつも通りの自堕落な時間がサンタクロース育成学校にすぐに流れ出しました。ヘンタのことを思い出すものなど、もう誰一人ありません。






 

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