何日も何日も雨が続き
近づいてきた台風の雲の重みに押しつぶされて
どんよりと下を向いていた人たちも
とうとうやってきた朝のニュースで
電車の遅れに愚痴をこぼしながら
ふるさとの家を心配していた人たちも
台風一家の仲間入り
せわしないはずの朝に漂う
いつもと違う穏やかな空気
朝日に照らされ光る町
うめもどきの赤い実と
カラス舞う青い空
しかめ面を捨て
いつもと違う世界に
和やかな微笑で歩く
くすぐったいような一体感
きれいな香りのする新しい風にのせて
喜びを分かち届けあう僕らは今
みんな台風の子
年末には新年の挨拶用にこんなものを書いていた。
明けましておめでとうございます。
年末年始はいつものごとく実家に帰って何人かの友人知人に会い、忘年会だといっては飲んだくれ、新年会だといっては飲んだくれた。いつも年明けの授業の準備をしようと思って何冊かの本を持っていくのだが、それらの本はたいてい読まれずに、部屋の隅に転がったまま新年を迎える(今回もそうなった)。大晦日だけは(これもいつもどおり)実家でだらだらとテレビを眺めながら過ごした。とくに熱心に見ているわけではないのだが、居間に浮かれたテレビの音が流れていると年末だなあ、という気分になってくるから、まあいい。元日は親戚のうちにいって挨拶。さすがにもうお年玉はもらえないが、貧乏学生の身分を考慮してくれるのか、いくらか「お小遣い」をもらう(同じことか)。ありがたい。今年は四日には東京に戻らなければならなかったので、三日に始発で出発し、十一時間鈍行列車の過酷な旅の後帰京して、浮かれ騒ぎの余韻に浸っているところである。
というのは全部嘘で、これを書いているのは12月26日である。しかし、年が明けて東京に戻ったころにはすべてが本当になっているだろうと思う。明日は朝五時の始発で東北へ向かう。そのあとちょっと友達と飲んで、翌日も友人とどこかへドライブへ行くことになっている。ボードリヤールの『象徴交換と死』をバッグに入れたが、おそらく今年も読みきれない。彼のいう、メディアイメージの氾濫によって現実に先立ってシミュラークルが形成され、現実のほうがそれを再生産しているというのならば、この年末年始のワンパターンな過ごし方ももはや起源をもたないハイパーリアルではないか(たぶんちがうけど)。
と書きなぐった後に居酒屋に逃げこみ、帰省して狂乱の年末年始を過ごしたのち、更新日がやってきたわけだが(混乱したら申し訳ないのだが、このブログは即興で更新しているわけではないので、書き上がってから実際に記事がアップされる時点までのさまざまな「わたし」が介在しているのである)、果たして「シミュレーション」どおりの年末年始を過ごして(今度は本当に)東京に戻ってきた。
とはいえもちろん、いつもと違うこともある。高校のクラス会がないかわりに部活の同窓会が開催されたり(みんな立派になっていた)、中学の飲み会が若干荒れたり、大晦日から元日にかけて大雪が降ったり、といった細部はしばらくの間「2009年から2010年の年末年始の記憶」として残るはずだ。このような細部が「今年限りの特別なこと」として認識されるのは、逆説的なことに毎年の年末年始の過ごし方が「似ている」からである。例えば「記号のAとワインの瓶の違いを説明しろ」と言われれば「えーっと、とにかくどう見ても違うじゃん。もしかしてお前バカ?」としか言いようがないが、メガネと水中メガネの違いであれば「目に装着する二つの透明なレンズ」という共通項を通して差異がはっきりと認識される(メガネが見当たらないときに「しかたがないから今日はいつもプールで使っている度入りゴーグルをかけて仕事に行こう」と判断できる方はそう多くないはずである)。
というわけで(?)、本年も「もらいたばこ」をよろしくお願いいたします。
一時間ほど早くロンドン行きの飛行機に乗る私はKさんを残して出発。「よい旅を」といって別れる。ここからはまた一人だ。さっき解けたはずの緊張が復活。十二時間のフライトの大半を寝ぼけた状態で立ったり座ったり(通路側の席だったのでトイレに行く人のため頻繁に立たなければならない)しながら、ヒースロー空港についたのは朝六時。9月2日の日記にはこう書いてある。
9/2 London着。
宿の住所に行くが誰もいない。パキスタン系移民らしき人ばかり歩いていて不安になる。元気なおじさん現れ、別の建物に連れていく手配をしてくれる。女性が車で迎えにくる(このとき傘をトランクに忘れる)。
雨がひどい。レインウェアをもってきてよかった。
駅前に出てハンバーガー。
支出:Oyster Card
3(dep.) +15£
Coffee (at the airport)1.7£
ハンバーガー 3.9£
宿代 80
計 103.6£
ヒースロー空港はチャンギ空港と違って薄暗く、なんだか汚い。照明の形状などは近代的で、写真うつりは非常にいいのだが、実際にその場にいるとなんだか気分が暗くなってくるような雰囲気を感じた。空港につくと長い列に並ばされ、入国審査を通る。パスポートによって並ぶところが違う(EU内の人とそれ以外)ようで、列を間違えていないかひどく不安になる。日本人っぽい人に声をかけたら「アァ?」と言われる。"Are you Japanese?" と訊ねると "No." といわれ、恥をかく。入国審査の係員と入国する人とのやりとりを見ていると、目の前で2、3人のアジア人が入国を拒否されている。並ぶ列を間違えて別のところに行かされる人もいる。不安が募る。私は周りを見渡して、EU以外の人たちが並んでいることを確認しようとするのだが、他国のパスポートのデザインなど知らないからさっぱりわからない。わからないままに順番が回ってきて、係員の前へ。
「何しにきたの?」
「観光です」
「イギリスにはどれくらいいる?」
「一週間」
「イギリス出た後はどうすんの?」
「オランダとかフランスとかいろいろ行きます」
などなど、当たり障りのない質問に対して実際には何度も聞き返したり的外れな返答をしながらも、私はなんとかイギリス入国を果たした。
まずはタバコだ。私は荷物をころころ引きずって外に出て、喫煙所を発見した。灰皿の上に転がっているタバコの空き箱には "Smoking Kills" とこれ以上ないほどに直接的な注意書きが印刷されている。空港前の道路にはひっきりなしに車が通っている。あまり違和感がないのは、車が日本と同じように左側を走っているからだ。
一服していると日本人らしい人がタバコを吸いにきた。その人は電話をかけて、今着いたというようなことを話している。日本語だった。私はさりげなく地球の歩き方『ヨーロッパ』を出して、ちらちらと相手の目に入るようにする。電話が終わると「日本の方ですよね」と声をかける。どこから来たのかと訊ねるとぼく田舎もんなんですよお、といいながら「岩手の北上」だと答える。おお。(ほぼ)同郷じゃないか。いやあ、世界って狭いですなあ、とかいいながら別れる。これから二年間ワーキングホリデーで、ホームステイ先に向かうのだとか。
意外にそそくさとその日本人が立ち去ってしまって手持ち無沙汰なので、もう一本タバコを吸ってから、コーヒーを買いに行く。イギリスで初の経済活動に参加すべく、カフェの列に並ぶ。メニューもろくに見ずブラックコーヒーを頼む。別に言葉の壁があるが故の妥協じゃなく、普段から私はブラックコーヒーしか飲まない。だから注文が楽だぜ、と思って余裕しゃくしゃくで注文を終えたと思ったら、なにか店員が聞いてくるのである。またもや何度も聞き返す私。次第にいらだつ店員。どうやらなにかトッピングはいらないのかと聞いているようである。いらねえよ、だからブラックコーヒーっつってんだろうが。と思いつつ、実際にはしどろもどろでようやく No.と答える。コーヒーひとつ買うのも一苦労である。十ポンド札を渡して釣り銭をもらう。
コーヒーを飲みながら釣り銭を勘定する。べつにごまかされたと疑っているわけではない(まあ場所によっては多少警戒したほうがいいだろうけど)が、それぞれの硬貨がいくらなのか、お勉強がてらやってみたのである。日本円だったら財布のふたを開けた途端に瞬時にわかるわけだが、初めて見るイギリスのコインはそれぞれがいくらなのか、表面にある数字をよく見ないとわからない。それからガイドブックを開き、どうやって空港から市街地まで出るか考える。地下鉄がいちばん安い。深夜・早朝の地下鉄は治安が悪いと聞いていたが、もうそれを気にするような時間でもないので、地下鉄に決定。
イギリスの地下鉄にはオイスターカードというものがあって、日本のスイカやパスモと同じようなものなのだが、日本と違うのは、これを使うと現金で切符を買うよりも圧倒的に安い料金で乗れることだ。イギリスの交通費はめちゃくちゃに高いから、これを手に入れるべく案内所のようなところにいく。稚拙な英語で「わたし、オイスターカード、欲しい」というと、突如として店員の対応が私を見下したようになる。何かまずい言い方をしただろうか、と思いつつ15ポンドチャージしておつりをもらう。なぜかおつりの渡し方もぞんざいである。店員はにやにやしながら、イギリスの厚ぼったい硬貨を手からぼとぼととテーブルに落とす。ちくしょう。馬鹿にしやがって。
とりあえず Green Park というところで降りる。まだ宿へ行くのには時間があるから、公園でだらだらとくつろごうという魂胆である。しかし地下鉄を降りて地上へ出ると、雨が降っている。しかも寒い。セーターとレインウェアの上着を出して着る。折り畳み傘を持ってきてよかった。地図を見るが、ここがどこなのか見当もつかない。日本人カップルがいたので「すいません、ここどこですか」と愚かな質問をするが、「こっちが聞きたいくらいです」という答え。なんとなく心和むやりとり。
適当に歩き出してみる。ここからはピカデリー・サーカスという街の中心地が近いはずなので、グリーンパークの前にその辺まで行ってみることに。きょろきょろとあたりを見回しながら荷物を引きずって歩くと、石畳の道路がスーツケース持つ手にがたがたと振動を伝える。意外と歩きにくい。びしっとしたスーツを着た身なりのいい人たちがたくさん歩いている。笑いながらこちらを見て通り過ぎて行く人もいて、どうやら私は場違いなオーラを放っているようだ。キスリングを背負って銀座を歩く裸の大将のような感じだろうか。地図を見ながら歩くが、そのうち雨の中わざわざ「街の中心地」なんて漠然としたものを見に行くのも面倒になってきたので引き返してグリーンパークへ。グリーンパークはすぐ近くにあった。入ってみるが、ベンチは雨でびしょびしょなので座れない。晴れた日は気持ちがいいだろうな、と思っただけで、居場所がないので宿に向かう。地下鉄のジュビリー・ラインというのに乗ってウィルズデン・グリーンで下車すればいいはずだ。
目的の駅は郊外の住宅街という感じ。あらかじめ用意しておいた地図にしたがって歩く。電話をすれば迎えにきてくれるとは書いてあったが、そんなに遠くないから歩いてしまった方がよい。念のため途中でランニング中の女性に「この住所はこの辺ですよね」と訊ねる。「たぶんそう、このずっと先じゃないですか」というが、ぼろぼろの、ほとんどすべて同じ形のれんが造りの建物が並んでいるこの通りには、宿がありそうな雰囲気は全くない。おまけに額の中央に赤い塗色を施したイスラム系の人たちが不幸そうな顔つきをして歩いていたりして、少なくとも高級住宅街とはほど遠い雰囲気だ。やたらに安い宿にしてしまったのが悪かったのか。このまま宿が見つからずに夜を迎えたら、路上で身ぐるみ剥がされ野垂れ死ぬのではないか……などと考えながら、けっこうチェックイン時間の11時が迫っていることに気づいて焦る。
なおも歩いていると、さっきのランニング女性が戻ってきた。たぶん彼女のランニング・コース上の「いつもの折り返し地点」を過ぎてきたのかな、と推測していると、手を振って話しかけてくる。「その住所見つけたわ」というのである。ずっとまっすぐ行って右側にありますよ。あなたの前を走って行くから、そのときに指差して合図します。
おお。ありがたい。わざわざ戻ってきてくれたのだ。
次第に遠ざかる彼女を見ながら、まっすぐ歩く。交差点を過ぎたときに、振り返って指差してくれた。果たしてその建物はあった。駅からここまで来る間ずっと道の両側にあった、ほとんど見分けのつかないようなれんが造りの古い建物となんら変わらない。窓にはひびが入り、玄関のドアには隙間があいている。その建物が宿であることを示すものはなにもなかった。
私はしばらくその建物の前に立って、住所をもう一度確認したり、誰か人が来ないものかと思いながらまごまごしていた。しかし誰もいない、誰も来ない。私は思い切ってドアをノックしてみた。えくすきゅーず・みー。返答がない。もう一度。えくすきゅーず・みー! 返答はない。
建物の前の駐車スペースに車がないところを見ると、どこかへ出かけているのかもしれない。私は荷物を置いて、しばらくその前をうろうろした。ようやく通りかかった人に「ここはホステルですよね?」と訊ねてみるが、知らないという。どうなってるんだ…。
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