「本日出展を予定しておりましたブースNo.XX「◯◯△△建物(株)」について、当センターに提出されている求人は充足しました。したがって、本日は欠席となりました。」
とA4版わら半紙に刷ってある、それが挟んであったのは、就職合同説明会で配られたピンク色の冊子で、パラパラめくってみると沢山の求人票が次々に目に飛び込んできて、最後のページ数は「-134-」と記されてある。
ひるがえって表紙を見ると、上から順に、開催日、開催時間、会場、主催者が書いてある。
「平成21年9月8日(火)、9日(水)、10日(木)」
そうか、あれからもう三ヶ月が経っているのか。これではあっという間に30歳フリーター職歴なしのわたし、になってしまうではないか。
「13時00分〜16時00分」
29歳フリーター職歴なしのわたしには少し早く感じられる時間の、それでも神経質で几帳面なところもあるわたしは30分前には会場に着いて見渡すと、「インフルエンザ流行のため着用義務」とされていたマスクをしているのは10人に1人か、2人しかいなかったと思う。もちろんわたしはしていった。
もう一度ひっくり返して裏表紙を見ると、そこには会場案内があって、各ブースとその番号が図示されている。そうそう、最初わたしが行ったのは11番のブースだった。そこではベテランにしては落ち着きのない男性社員と、じっと目の前一点を見据えて動かない若い女性社員が待ち構えていた。
この冊子には、黄色い「企業訪問カード」というのがまた挟まっていたのだが、そこにわたしの字で、名前や年齢や住所・連絡先、学歴の欄が埋められてある。席に着いてこのカードを差し出したとき、男性社員の方は「いらっしゃいいらっしゃい」とわたしの顔ばかりを見てえへらえへら笑っているばかりだったが、女性社員はちらと鋭い一瞥をカードに与えた(ような気がした)。
各ブースには二つの席があり、わたしがその席に着いて間をおかず、若い、肌の灼けた男の子がとなりに座った。彼が出した訪問カードをちらと見ると、新卒の子のようだった。わたしより七つも年下である。大学に在籍しているようだったが、学校名は聞いたことがなかった。
会社訪問の日時を言い間違えて慌てて自分で訂正したり、創業年を言い間違えてニコリともしない女性社員にすかさず訂正されたりしながらも、なんとか男性社員はわたしたち二人に説明をし終えるまでに漕ぎ着けた。そこでようやく気付いたかのように彼は企業訪問カードに目を留め、老眼に苦しみながら、まず男の子の素性を確認した。
男の子に向かっては「君スポーツはやってますか?いや〜、やっぱだいじなのは明るさと体力なんですよ!」と大きな口を好意的に開けてのどちんこを震わせていた男性社員は、わたしのカードを見て一変、「ええ〜。ほんとうに。あぁ、そう。そうかあ。いやぁ。すごいねえ。へえ〜」と老いた眼をさらに細くしてカードとわたしを見比べた後、「でもねえ、あなたみたいに優秀な人がうちなんかに・・・いや〜もったいないなあ。もちろんだめとはいいませんよ。学歴だけでねえ、そんなことは言えませんよ。でもねえ、もったいないなあ」
「そうですか?でもみなさん全く同じようにおっしゃって、わたしを排除するんです」
なんてお行儀の悪い言葉は「優秀な人」わたしの口から飛び出すはずもなく、予定調和的に最後に名刺を受け取って席を立った。見ると男の肩書きは「東京支社長」だった。
それから確か26番のブースに移ってまた話を聞き、とりあえず訪問しようと前日決めていたのはその二社だけだったので、挙動に気を遣って神経をすり減らし、慣れない集団の熱気にも疲れてしまったわたしは、会場を出てトイレに入り、便座に座り、一人になって大きく息をついた。三時間の開催時間のうちまだ一時間も経っていなかった。それでもわたしは帰ることにした。その時間に会場を出ようとする人はいないようなので、トイレを出るとあまり目立たないよううつむいて歩き、エレベーターは使わず階段でそっと降りた。
ーーー
「こんにちは」
「・・・・・」
「こんにちは」
「・・・・・」
「こんにちは」
「・・・・・」
これだけだ。これがわたしの新作のどうやら全てのようで、その先はいくら粘っても聞こえてきそうになかったから、無理にその先をこじつけるようなまねはしなかった。
こじつける。そうだ、まさにそんな感じだ。自分に鞭打って机に向かっていた時はいつもこじつけるかんじがして、そうじゃなくてとつぜん頭の中に鳴り響くような稀なときだけ、わたしの小説は自然に進んだ。
これだけだ。これがわたしの新作のどうやら全てのようで、その先はいくら粘っても聞こえてきそうになかったから、無理にその先をこじつけるようなまねはしなかった。
こじつける。そうだ、まさにそんな感じだ。自分に鞭打って机に向かっていた時はいつもこじつけるかんじがして、そうじゃなくてとつぜん頭の中に鳴り響くような稀なときだけ、わたしの小説は自然に進んだ。
とはいっても、今回のは冒頭の六行分しか進まなかった。誰やらわからぬ人が「こんにちは」と、これもまたわたしにとってもその誰やら分からぬ人にとっても未知である人に問いかけているようなのだが、「・・・・・」と返事がない。二人ともわたしの新作の登場人物らしくはあるが、この調子では二人ともどんな人物なのかはっきりしないまま延々と続き、何もないまま終わってしまいそうだ。いつの話か、どこの話かのイメージも付いてない。それでも頭の中に鳴り響く小説の声はここで中断してしまったのだから、しかたがない、と思う。
この小説に続きはあるのでしょうか?
仮に続きがないとしても、わたしはこの小説がこれだけでそんなに嫌いではなかったのだから、困ったものだ。