あ、1本いいっすか?

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2010/07/22

SNSは人間関係を”小さな町”に変えたか

投稿者 じん   7/22/2010 0 コメント
※更新が大幅に遅れたこと、お詫び申し上げます。内容、更新頻度とも充実できるよう努力いたしますので、今後ともよろしくお願いします。

COURRiER Japon8月号でSNS特集が組まれ、「SNSが人間関係を”小さな町”に変えた」とあった。ソーシャル・ネットワーキング・サービスによって、昔の知人や、パーティで一度会っただけといったような、「遠い知人」とのつながりが、遠いまま、しかし常に意識されるようになったことをさして言った言葉である。「遠い知人」の存在感がSNSによって強くなるというのは実感を持ってうなずける。が、それが「小さな町」、つまり良くも悪くも衆人環視の状況を生みだすまでには至っていないだろう。

私もmixiを利用しており、現在マイミクは60人近く。そのうち一度も会ったことがない人物が6人、小中学校の同級生や以前組んでいたバンドのメンバーなどここ数年合っていなかったり、一度しか会ったことがない人が20人ほど。マイミクのほぼ半数が「遠い知人」である。

いちいち説明する必要もないだろうが、彼らとの交流は主に互いの日記の閲覧とコメントという形で行われる。「今日見た映画が面白かった」「女優の○○がかわいい」などといった日記に対して「俺も好き」「いーなー」などの合いの手を返して終わることがほとんどである。内容としてはちょうど、教室の休み時間で交わされる雑談のようなものだが、休み時間の雑談で得られるような一体感は得られていない。

一体感は「小さな町」には欠かせない要素だろう。お互いどこで何をやっている人間かを把握したうえで、害のない程度のお付き合いをする。井戸端会議で人の噂話をしあい、閉塞的でぬるま湯のような居心地の良いコミュニティをつくりだす。

mixiが完全招待制でスタートした当初、私は、万人に開かれたネット世界に、ムラ社会を持ち込んでどうするのか、と小馬鹿にしていたのだが、周囲の友人はみなあっという間にその社会に取り込まれ、自分も始めなくてはいけないような気がしはじめ、とうとうアカウントを作ってしまった。このときには、間違いなく「小さな町」の一体感が働いていた。が、これはネットの中の話ではなく、あくまで友人同士というリアルなコミュニティ内での一体感である。

一度中に入ってしまうとどうか。マイミクが書いた日々の日記は、リアルで付き合いのある友人との交換日記ではなく、昼ドラのように消費されているように思う。視聴者はその場で短い感想を書き残して行くが、その感想が交換され、共有され、一体感を持って発展していくようなことはまずない。書き捨てられるか、日記を書いた側が、1つ1つバラバラのまま、コメントを返して終わりである。娯楽として消費されるのみで、全体をつなぐような行動にでるユーザーはまずいない。

2000万を超える(RBBTODAY)人間が集まり、数十人とマイミクになるひともざら。まったくの赤の他人だらけの「顔の見えないネット社会」とは違うのだから、日記を消費するだけでなく、もっとオフラインへ発展させられるはずだと思うのだが、なかなかそううまくことは運ばないようだ。その要因の一つに、ネットでのコミュニケーションが完全なターンテイキング制(重ならず、相手が話し終わるのを待って順番に話す)であり、共感をたかめるのに重要なオーバーラップが難しいのが原因かもしれない。このあたりをもう少し深めつつ、次回は「もっと面白い使い方」を考えていきたい。
 

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