「にんげんのかなしみのそこがみてみたい」
少女はそういうと、少年の右手にピストルをのせた。女の子の名前はカンナ、男の子の名前はカカシといった。
カカシはカンナのことが大好きだった。「ぼくはカンナに選ばれたとくべつなこどもなんだ」いつも自分にそういいきかせていた。「ぼくは……ぼくは……」いっしょうけんめい、なんどもなんどもいいながら、お父さんとお母さんのいる部屋へ、冷たく長い廊下をはだしで歩いた。とっても寒い日のことでね、足のうらはじんじんして何も感じない、だんだん頭もぼうっとしてくる。
ぼくはカンナに選ばれたとくべつなこどもなんだ。
気づくと、目の前にはかたくなったお父さんとお母さんがいた。眠っているみたいにも見えるけど、目はぱっちりとひらいていてね。カカシは左のポケットから携帯電話をとりだして、お父さんとお母さんのすがたをカメラで撮った。
それは、カカシ十二才の誕生日のこと。
窓からひとすじさしこんでいた光がとつぜんぐんぐんつよくなる、これはたまらない、と目を閉じようとした、そのとき、
カカシのあたまのなかで、なにかがパチンとつぶれる音がした。
光がおおきな手のようなかたちになってカカシをつつみこもうとしているのが、最後に見えた。
Ⅰ
目をあけるとそこはまっしろ。なんてきれいなんだろう――床のうえに大の字になったカカシが最初に目にしたのは、光みたいにぴかぴかなかべだった。
――ぼくは夢を見ているのかな。それともさっきのが夢だったのかな?
「もしも、りょうほう夢だとしたら?」
とつぜんどこからかそんな声が聞こえた気がした。でもね、カカシはちっともおどろきはしなかった。とおく、ずっとずっととおくから響いてくるようなやさしい声で、なんだかとってもきもちいい。
ガサッ!
今度はすぐちかくで大きな音がして、カカシは飛び上がった。するとカンナがかわいいお尻をつきだして、猫みたいに部屋中を嗅ぎまわっている。
「カンナ、ぼくは……」
カカシの声なんてまるで耳に入らないみたいに、カンナはあっちこっちかけまわっていた。
「カンナ?」
「ここ! ここはどこなのよ!」
ココ! ココハドコナノヨ! ココ! ココハドコナノヨ! ココ! ココハ……
大きな声が部屋中に響いてこだまして、なんどもなんども耳に返ってくる。それは女の子ひとりぶんの声だけではなくて、まるでぐるりととりかこむ壁までもが、うったえかけてくるみたいだ。
カンナにいわれて、カカシは肝心なことに思い至った。
――ここはいったいどこなんだろう?
そこはしろい天井としろい壁にかこまれた角のないまあるい部屋で、なにひとつ物もおかれていなかったんだ。ドアもついていないので、どうやったら出られるのかも分からない。それでもカカシはちょっぴりうれしかった。探索のほうは早々とあきらめて、部屋のまんなかでひざをかかえてがっくりしているカンナと二人きり、このままずっといっしょにいられたらいい、そう思ったんだ。
カカシはそっとカンナの手を握った。
「て」顔を上げてカンナがいう。
「……え?」
「手。つめたいね」
それだけつぶやくと、ふたたびカンナはうつむいてしまった。
「……でんきもないのにどうしてこんなに明るいのかな?」
どぎまぎしながらカカシは話を変えようとしたけど、反応はない。しかたなくとなりにこしを下ろし、じぶんも体育ずわりして顔をかくした。