ずいぶん高いところにある。カカシは話を聞いているうちにおじけてしまいそうになったけれど、でも、高ければ高いだけカンナはよろこんでくれそうな気がした。それに、高いのにはちがいないけれど、七百三十歩ならそうとおくもない。
「カンナはね、楽園にいったことないの。おうちでまってないと怒られちゃうから。でもね、おじさんはとろけるような目で楽園のことをはなしてくれたわ。とても大きな池があって、おいしい木の実がなっていて、赤白黄色のお花がいっぱい咲いてるの。いーっぱい咲いてるのよ! すごいでしょ!?」まるで自分が見てきたように、小さなカンナは興奮していた。
ろうかを右側にまっすぐあるいて、エレベーターにのる。……いちばん上の『30』を押して……ついたらまたまっすぐあるく。……そしてまたエレベーターにのる。いちばん上の『30』を押して、……ついたらまたまっすぐあるく。……そしてまたエレベーターにのる。いちばん上の『30』を押して、……いまいったい何階なんだろう? エレベーターがこんなぐあいじゃあ何階にいるのかもわからないし、何階に行けばいいのかもわからない。……ついたらまたまっすぐあるく。ヽヽここは何階まであるんだろう?
そしてまたエレベーターにのる。いちばん上の『30』を押して、……エレベーターはしずかにしずかに上がっていく。もうどこにもつかないんじゃないか、そう不安になったころにようやくゆっくり止まる。ついたらまたまっすぐあるく。そしてまたエレベーターにのる。いちばん上の『30』を押して、ついたらまたまっすぐあるく。そしてまたエレベーターにのる。いちばん上の『30』を押して、……おなじことを何度も何度もくりかえしているうちに、カカシはついうとうとしてしまった。そこへとつぜん、
もーしもーし、
と空から声がふってきて、見上げると灰色の瞳をした女子高生が携帯電話片手に話していたんだ。いつのまにエレベーターに乗り合わせたのだろう?
「そーそー。ガンダム好きとかいいだすから、いやんなってわかれちゃった♪ きゅうにオタクになるとか、まじきいてないんですけどー、って感じ。うんそーそー、いまつくとこだよ!」
エレベーターのドアがひらくと、そこにもう一人ひらひらのスカートをはいた女子高生がまちかまえていて、
「ミカチンひさしぶりっ!」と目をほそめてむかえた。
エレベーターに乗っていたはずの女子高生は、「アヤタンひさしぶりっ!」とそとにいた女子高生に飛びついている。
「やだーひさしぶりー、しんじらんなーい」
「え、なんで、すごくない? イヒヒヒヒ」
「え、え? イヒヒヒヒ。イヒヒヒヒ」
「なにー。どうして? イヒヒヒヒ」
おでことおでこをくっつけてだきあうふたりは、鏡をくっつけたみたいにそっくりだった。こしまでながれおちる髪、まっしろいワイシャツのむなもとのくろいリボン、折れてしまいそうにほそいうで、すらりとのびた脚さきの、くろいストッキングとくろいクツ。もうひとりの目がひらいたとき、その瞳も灰色だった。そうしてふたりは「イヒヒヒヒ」だけで会話をしていたんだ。