ひきつぎがすむとおばあさんたちはもうカカシに興味をなくしてしまったようす。鼻をおもいっきりかんで、いとおしげに鼻紙を見つめていた。
「こんなちいさな背中じゃ龍宮城にはのせていけないが、木の実があるところくらいなら教えてやれるぜ?」右の頚は得意げだ。
まんなかはうつむいて黙ったまま、こちらを見ようともしない。
左はあいかわらず「ティッシュ! ティッシュ!」とうるさい。
するとカカシの背後からぬっと手がとびだしてきて、緑に汚れた鼻紙をやかましい左の頚におしつけて、ぐりぐりと。ティッシュに顔をうもれさせて、左もようやく静かになった。
カメとは思えないほど速い三ツ頚の四つ足の回転を、そのうしろにつけながら、カカシは見下ろしていた。しかし手のひらサイズのカメがいくら回転数を上げたところで、歩幅が大きくなるわけではないのだから、そこはやはりカメらしく遅々とした歩みだ。カカシはときどき右を見たり左を見たり、あるいは立ち止まって物思いにふけったりしながら、ゆっくりとカメのうしろを歩いていた。
「……そこに咲いてるのがカトナウヘで……そっちであたまを垂れてるむらさきのがジェントリウムで……って、おい。おまえ話きいてないだろ?」
あんまりカメの歩みがおそいので、カカシはすっかり飽きてしまっていたんだね。注意されたところで、ぼうっとかすんだ眼をカメの方にいっしゅん向けただけだった。
「仕方ないさ」まんなかが、右をなぐさめるようにいった。「こんなところにくるやつだ。じぶんのことにしか興味がないのさ。そういう奴にかぎって、たいてい陳腐なキャラクターなのはどうしたわけだろう? 『オレじぶんのことにしか興味がないから』っていうセリフじたい五万てやからがあっちでもこっちでも今日も明日も明後日も繰り返しているのに気づかないとでもいうのだろうか? いやいや。かりに気づいているとしたって、それでもくりかえして五万とんで一人目になろうなんてのは、没個性もいいところさ。そんなたいくつなじぶんばかりみてたって、楽しくなんてありはしないだろうに!」
「おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ、おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ、おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ……」左がうたうようにくりかえす。
「うそつきやがれ」と右が返した。「おまえみたいにどうしようもないバカな奴に、じぶんのことがすこしでもわかるってのか?」
「君みたいに奇矯な人格にこそ、神は自ら省みる術を与えるべきだったね。きっとじぶんを見ているだけで、一生たのしくやり過ごせたさ。まわりに迷惑をかけることもなく。……しかし我ら憐れなる存在よ。じぶんのなかに引きこもろうったって、こうも両脇でぎゃあぎゃあやられたのではたまらないね。せめて僕一人だけでも、別のこうらが欲しかった」
とまんなかが嘆いたところで、一行は(といっても一人と一匹だけだったけれど)見晴らしのいい丘の上に着いた。
丘のむこうには、イルミネーションにかがやく観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランドが見えた。つまりそこは、まるで遊園地のようだったんだ。
振り返ると、見わたすかぎりとおもわれた花畑が、カカシの視線のずっと先で円形にくらい壁でかっきり切り取られていて、そこがある種の屋内庭園になっていたのがわかった。
ふたたび前を向くと、「ようやくだな」と右が教えてくれる。「見えるだろ? あそこでおめあてのもんが手に入るぜ」
丘をくだってさらに進むと、観覧車はだんだん大きくなり、ジェットコースターも見上げるばかり、メリーゴーランドから流れる電子音もどんどん大きくなってきた。
しかし大きくなったのは、遊園地ばかりではなかった。遊園地にむかう一人と一匹の後ろにはいつのまにか列ができていて、みんな大声ですきかってなことをしゃべってるんだ。よく見ると、カカシが出会ったひとばかりじゃないか! カカシに気づくと、
「小さな精神に目覚めかけた愛……くふっ。ついにここまでたどり着いたんだね。カンナのよろこぶ顔が見えるようじゃないかい?」ジェントルマンはにこにこ顔で、カカシを祝福するようだ。
ジェントルマンの後ろには見たことのない人が立っていたけれど、その優しげな声で、「こども電話相談室」のお兄さんだというのがわかった。「やあ、やっと会えたね。思ったとおり、君はまだまだ一人じゃ何もできない、ちいちゃなこどもだ。でも心配ないさ、僕たちが見ててあげるからね。」
ミカチンとアヤタンは、灰色の瞳をきらきら、黒いスカートをふわりふわりさせながら、「よくがんばったね! あとすこしで君のねがいもかなうよ」「ほらぶすっとしてないで、うれしいなら素直に笑ってごらんよ」と高い声だ。
そのうしろではマスクをしたおばさんが、モップをステッキのようにふりまわしながら、たんたかたかたん踊りくるっている。本人は踊ってるつもりでも、これじゃあ暴れてるのとかわりない。
「こんなちいさな背中じゃ龍宮城にはのせていけないが、木の実があるところくらいなら教えてやれるぜ?」右の頚は得意げだ。
まんなかはうつむいて黙ったまま、こちらを見ようともしない。
左はあいかわらず「ティッシュ! ティッシュ!」とうるさい。
するとカカシの背後からぬっと手がとびだしてきて、緑に汚れた鼻紙をやかましい左の頚におしつけて、ぐりぐりと。ティッシュに顔をうもれさせて、左もようやく静かになった。
カメとは思えないほど速い三ツ頚の四つ足の回転を、そのうしろにつけながら、カカシは見下ろしていた。しかし手のひらサイズのカメがいくら回転数を上げたところで、歩幅が大きくなるわけではないのだから、そこはやはりカメらしく遅々とした歩みだ。カカシはときどき右を見たり左を見たり、あるいは立ち止まって物思いにふけったりしながら、ゆっくりとカメのうしろを歩いていた。
「……そこに咲いてるのがカトナウヘで……そっちであたまを垂れてるむらさきのがジェントリウムで……って、おい。おまえ話きいてないだろ?」
あんまりカメの歩みがおそいので、カカシはすっかり飽きてしまっていたんだね。注意されたところで、ぼうっとかすんだ眼をカメの方にいっしゅん向けただけだった。
「仕方ないさ」まんなかが、右をなぐさめるようにいった。「こんなところにくるやつだ。じぶんのことにしか興味がないのさ。そういう奴にかぎって、たいてい陳腐なキャラクターなのはどうしたわけだろう? 『オレじぶんのことにしか興味がないから』っていうセリフじたい五万てやからがあっちでもこっちでも今日も明日も明後日も繰り返しているのに気づかないとでもいうのだろうか? いやいや。かりに気づいているとしたって、それでもくりかえして五万とんで一人目になろうなんてのは、没個性もいいところさ。そんなたいくつなじぶんばかりみてたって、楽しくなんてありはしないだろうに!」
「おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ、おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ、おれじぶんのことにしか・きょうみがないからっ……」左がうたうようにくりかえす。
「うそつきやがれ」と右が返した。「おまえみたいにどうしようもないバカな奴に、じぶんのことがすこしでもわかるってのか?」
「君みたいに奇矯な人格にこそ、神は自ら省みる術を与えるべきだったね。きっとじぶんを見ているだけで、一生たのしくやり過ごせたさ。まわりに迷惑をかけることもなく。……しかし我ら憐れなる存在よ。じぶんのなかに引きこもろうったって、こうも両脇でぎゃあぎゃあやられたのではたまらないね。せめて僕一人だけでも、別のこうらが欲しかった」
とまんなかが嘆いたところで、一行は(といっても一人と一匹だけだったけれど)見晴らしのいい丘の上に着いた。
丘のむこうには、イルミネーションにかがやく観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランドが見えた。つまりそこは、まるで遊園地のようだったんだ。
振り返ると、見わたすかぎりとおもわれた花畑が、カカシの視線のずっと先で円形にくらい壁でかっきり切り取られていて、そこがある種の屋内庭園になっていたのがわかった。
ふたたび前を向くと、「ようやくだな」と右が教えてくれる。「見えるだろ? あそこでおめあてのもんが手に入るぜ」
丘をくだってさらに進むと、観覧車はだんだん大きくなり、ジェットコースターも見上げるばかり、メリーゴーランドから流れる電子音もどんどん大きくなってきた。
しかし大きくなったのは、遊園地ばかりではなかった。遊園地にむかう一人と一匹の後ろにはいつのまにか列ができていて、みんな大声ですきかってなことをしゃべってるんだ。よく見ると、カカシが出会ったひとばかりじゃないか! カカシに気づくと、
「小さな精神に目覚めかけた愛……くふっ。ついにここまでたどり着いたんだね。カンナのよろこぶ顔が見えるようじゃないかい?」ジェントルマンはにこにこ顔で、カカシを祝福するようだ。
ジェントルマンの後ろには見たことのない人が立っていたけれど、その優しげな声で、「こども電話相談室」のお兄さんだというのがわかった。「やあ、やっと会えたね。思ったとおり、君はまだまだ一人じゃ何もできない、ちいちゃなこどもだ。でも心配ないさ、僕たちが見ててあげるからね。」
ミカチンとアヤタンは、灰色の瞳をきらきら、黒いスカートをふわりふわりさせながら、「よくがんばったね! あとすこしで君のねがいもかなうよ」「ほらぶすっとしてないで、うれしいなら素直に笑ってごらんよ」と高い声だ。
そのうしろではマスクをしたおばさんが、モップをステッキのようにふりまわしながら、たんたかたかたん踊りくるっている。本人は踊ってるつもりでも、これじゃあ暴れてるのとかわりない。