2009/12/07

THIS IS IT

投稿者 じん   12/07/2009
  上映終了後の拍手というものを初めて経験した。「そういうものなんでしょ」というような、お約束感たっぷりの、一斉の拍手ではなく、初めパラパラと、次第に場内全体に広がっていく、本当に沸きあがる拍手だった。興奮と放心の真っ只中にあった僕は、ワンテンポ遅れ、拍手を広げていく側に回る。

  幻に終わった最後のコンサートのリハーサル映像を、本番のセットリスト順に編集し、頭から最後までかけるだけ。ただそれだけの映像が、確実に人の心を揺さぶっていた。 

  1986年生まれの僕にとって、彼の存在はどこか遠くの、教科書の中の歴史上の人物のようなもので、「”King”と呼ばれる男なのだから、やはりすごいのだろう」という程度の認識しかなかった。「ブラックミュージック好き」を公言している僕だから、とりあえずはアルバムも持っているし、他にもバラバラと楽曲を聴いてはいたのだけれど、正直なところ、「好きだな」と思えたものは数曲、他の多くの楽曲に対しては、そのポップさと、時代を感じさせる安っぽい打ち込みに、首をひねっていたのだ。

  しかし1本のリハーサル映像に、その認識は完全に覆された。いや、粉々に砕かれたどころではなく、跡形も無く消え去ってしまった。

  バックを支えるミュージシャン、彩りを添えるダンサー、音作りで支えるPA、ライブを構成するプロデューサー、演出家…一人一人に彼が声をかけるたびに、1フレーズ歌うごとに、ポーズを決めるたびに、彼が「本物」であることが、身体に叩き込まれていった。

  コイツ、マチガイナイ。

  狭いシートでじっとしていなければならないことが苦痛で仕方が無かった。大音量のキックに揺さぶられ、目の前で繰り広げられるパフォーマンスに刺激され、いつしか身体が揺れていた。周囲の客にはいい迷惑だっただろう。映画は静かに見るものである。おとなしく座っている他の客はマナーを守った上質のお客様だ。にも関わらず、そのときの僕は、そのお客様に苛立ってすらいた。

  「目の前で彼がこんなすごいライブをやっているのに、なぜこいつらは手拍子一つ打たないんだ!彼に失礼だろう!」

  もしかしたら、彼の音楽とともに育ってきた人たちは、それどころではなく、感謝し、深く感じ入り、涙すらしていたのかもしれない。しかし、そのような思い入れがまったくなかった僕には、身体が動かないほうがおかしかったのだ。

  しかし、エンドロールが終わり、徐々に明るくなる場内で湧き上がった本物の拍手に、僕は考えを改めた。そこには、僕とは違う形で彼をリスペクトする人々の姿があった。それを完全な形で共有できなかったことが、悔しかった。もっと見ていたい、もっと感じたい。しかし、それはもう叶わない。

  特に印象に残ったシーンが2つ。1つは、女性シンガーと熱のこもったフェイクを交し合ったあと、「疲れさせないで。フル・ヴォイスを使わせないでよ。今はまだウォーミングアップなんだから。だめだよ。」とストイックに自分を戒める彼と、「いや、今のでいいんだ。感じたんだろ?そういうときは歌ったほうがいいんだ。」と答えるプロデューサー。どうしようもなく、歌う本能を持ってしまった男が、一方で全体を見渡す冷静なディレクターでもあるという、稀有な存在であることがはっきりと表れていた。その彼を理解し、共につくりあげられる喜びを感じるスタッフの気持ちも伝わる名場面だ。

  もう1つは、グループ時代のヒットソングのリハーサル中、カナル型イヤホンでのモニターに違和感を覚え、歌うことができない彼が「こういうことに慣れていないんだ。意図は分かるけれど…。こぶしを耳に突っ込まれているみたいだ。」と苛立った様子を見せる。しかしその後すぐ、「怒ってるんじゃないよ。これは LOVEなんだ。」と加える。一見、スタッフを気遣うできた人間だという風に映るが、それだけではないのだと思う。彼が”LOVE”という語で表したのは、スタッフへの愛ではなく、音楽への愛だ。良いものをつくりあげたいという、その熱意を表した言葉が、スタッフへの気遣いにもなる。それは、彼とスタッフとの間に、「共につくりあげる仲間」としての信頼があるからである。染みた。

  ここ数年はその特異なキャラクターがスキャンダルを生み、音楽シーンから遠ざかっていた彼。しかし、この1本の記録映像、それもリハーサルの映像に、圧倒された。実際にライブを体験したら、いったいどうなってしまうのだろうか。それを知る術が永遠に失われてしまったことが、本当に残念でならない。

R. I. P, Michael Jackson.
こんなことは、言いたくなかったのに。

1 コメント on "THIS IS IT"

ともくん さんのコメント...

私が観に行った時も、上映終了後の拍手が自然と起こっていましたよ。

>もしかしたら、彼の音楽とともに育ってきた人たちは、それどころではなく、感謝し、深く感じ入り、涙すらしていたのかもしれない。

私の連れは長いことM.Jのファンだそうですが、やはり上映中は「なんでみんな体動かさないのよ!」と思ってたらしいですw

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