二十六日前のこと。
日本橋にある呉服卸し会社の説明会に参加した日の午後、携帯電話から人材紹介会社「最高の就職どんと来い!」に問い合わせをした。
「そちらのサイトに登録させていただいておりますXXと申します」
「いつもお世話になっております」
「あ、いえ。実は三日前そちらでXX工業さんの会社研究会に参加させていただき、エントリーを希望させていただいたのですが、まだエントリーシートが送信されてきていないもので……」
(エントリーシートの〆切は翌日に迫っていた)
「それは大変申し訳ございません。ただ今担当の者に確認いたしますので」
「あ、すいません。よろしくお願いいたします」
「大変お待たせいたしました。説明会の翌日に送ってはいるようなのですが、すぐにもう一度再送させていただくということですので」
「あ、そうでしたか。どうもよろしくお願いいたします」
気分転換に高島屋でやっていたクリムトの絵の出展されている展覧会で午後の時間をつぶした。その間何度も受信トレイを確認したが、エントリーシートは来ていなかった。
ーーー
二十五日前のこと。
昼過ぎに埼玉の自宅から電話をかけた。呼び出し音一回分もかからずに若い女性の声で、
「ありがとうございます。「最高の就職どんと来い!」でございます」
「そちらのサイトに登録させていただいておりますXXと申します」
「いつもお世話になっております」
「四日前そちらでXX工業さんの会社研究会に参加させていただき、エントリーを希望させていただいたのですが、昨日の時点でもエントリーシートが送信されてきていなくて、それで昨日電話でお願いして、すぐに再送してくださるとのことだったのですが、あの、今日の正午〆切ですよね、それでもまだ送られてきていないんですけど」
「それは大変申し訳ございません。ただ今担当の者に確認いたしますので」
「大変お待たせいたしました。ただいま担当の者がセミナーの最中ですので、終わり次第送らせていただくとのことです」
「はい、わかりました」
ーーー
一週間と一日前のこと。
市ヶ谷にある某テナントビル5Fにて。
(わたし、インターフォンを鳴らす)
「あ、本日一時からのセミナーに予約しておりますXXと申します」
「かしこまりました。ただいま参ります」
(少し待つ)
「XXさまでいらっしゃいますか、どうぞこちらへ」
(待合室には南洋をイメージさせるたわわな植え木に柔らかくて深すぎるソファ、29才フリーターのわたしには似合わない)
「もう間もなく準備できますので、少々こちらでお待ちいただけますでしょうか」
「あ、ありがとうございます」
(わたし、行きかける女性受付係の背後に)
「あ、あの、ひとつおうかがいしてもよろしいでしょうか。XX工業さんのエントリーシートを提出させていただいて、お約束の十日を過ぎてるのですが、まだお返事の方をいただいておりませんので」
「お名前フルネームでうかがってもよろしいでしょうか」
「はい、XX XXと申します」
「XX......X◯さまでよろしいでしょうか」
「いえ、XX......です」
「X△様でございますね」
「……」
「ただ今担当のものをお呼びいたしますので、こちらで少々お待ちください」
(わたし、うなだれつつ深いソファに浅く腰掛けて待つ。本棚には「あとははい上がるだけ」「仕事力」などのタイトルが見える)
「え、と、こちら、どちら、」
(男の人の声が近づいてくる)
「そちらです」
(わたしのソファの脇にぴたりとひざまずいて)
「XX様でございますね、わたくし担当のものでございます。たいっへん申し訳ございません!」
(やや大仰ではあるが、体育会系のついていくのがしんどいノリというほどでもなく、慇懃無礼が鼻につくというほどでもない。つまり感じは悪くない)
「XX工業さんの方なのですが、予想以上のエントリーをいただいておりましてたいっへんお待たせしてしまっているのですが、本日の夕方には結果をお知らせできますので、もぅう少々お待ちいただけますでしょうか?」
「あ、いえいえ。そうですか。とんでもございません。ありがとうございます。よろしくおねがいいたします」
その日、それから一週間、待っても何の連絡もこなかった。
ーーー
昨日のこと。
XX工業に加えて、書類選考の結果が遅れている会社は三社に増えていた。昼過ぎに自室から電話。やはり呼び出し音一回分もかからずにいつもの女性の声で、
「ありがとうございます。「最高の就職どんと来い!」でございます」
「あ、もしもし、そちらに登録させて頂いているXXと申します」
「いつもお世話になっております」
「ええと、そちらに提出しているエントリーシートが現在三つあるのですが、お約束の十日を過ぎてもまだどれもお返事いただいてないのですが」
「XXさまでございますね、XX工業さんのエントリーシートでよろしかったでしょうか」
「ええ、それは一週間前にもお尋ねしたのですが、それと後二社、XXさんとXXコーポレーションさんも十日を過ぎてまだお返事いただいていないのですが、どのようになっておりますでしょうか」
「それは大変申し訳ございません、担当のものから折り返しお返事させていただきます」
「あ、それは今日中にご連絡いただけるのですか」
「はい、今日中には」
「あ、そうですか、ありがとうございます」
きっとかかってこないだろうと半ばあきらめていた電話は、電話受付時間の〆切である夕方五時直前になってもやはりかかってこないので、こちらからもう一度電話をかけた。今度は担当者がつかまって、
「大変お待たせしております!」
(先日の男だ)
「XXさまですね、まずXX工業さんでございますが、たったいまですね、ついさきほどようやく結果の方いただきまして、大変残念ではございますが、今回は見送らせていただくとのことでした」
「……」
「えっと、年齢の方がちょっと、ということで。それと後二社、XXさんとXXコーポレーションさんでございますが、担当の者に確認したところ、XXさまからのエントリーシートは頂いていないということなのですが」
「……え、っと、こちらには確かに送信履歴が残っているのですが」
「そうですか。ただこちらではどうしても確認がとれないということなんで」
「はあ…では、いますぐ再送しても間に合いますか?」
「そうですね。では担当の者から後ほどお電話させていただきますので」
「今日中にはご連絡いただけるのですか?」
「はい、今日中に折り返させていただきます」
「……失礼いたします」
「では、失礼いたします」
送信トレイを何度確認してもやはりエントリーシートは提出されていて、もちろんトラブルの可能性も否定はできないけど、他のひとたちとは何ら支障なく連絡できており、「最高の就職どんと来い!」とだけこうも連絡の行き違いが重なるというのはやはりおかしい気がするがしかし、それでもおかしいのは、そうだ、全て生き方から何から間違っているのは、29歳フリーターのわたしなんだ、という風に考えはねじれ、気がつくといつも自分を、人生を否定しているわたしがいる。
ーーー
今日の朝九時のこと。
わたしはこうして一連の経緯を綴っている。昨日来るはずだった電話はまだ来ていない。わたしは一晩中寝ないで待っていた。待っていたというのは語弊があるかもしれない。ただ携帯電話をすぐそばにおいてパソコンの前にすわったままぼーっとしていたら朝を迎えていた、というだけの話だ。やはりおかしくなっているのはわたし?
せめてわたしだけじゃなくて、わたしに似たくるい方をしたひとたちが、わたしのようにパソコンの前にぼーっとすわって、わたしの日記を読んでいてくれたらと思う。