友人同士であるH、D、K、S、計4名の会話について、言語の対人関係の確立や維持・調節にかかわる働き(ポライトネス)の観点からの会話分析を試みる。全員23歳で、全員男性である。4人はコーラスグループとして活動しており、これから分析するのは、練習中、ある曲を歌い終わった直後に反省を行い、その後雑談に移行する場面である。Hはグループのリーダーである。
各行左の番号はデータのライン番号を示す。その右の大文字アルファベットは発話者のIDである。(0)は前の発話との間にポーズがないことを示す。[ ]は[ ]とのオーバーラップを示す。[1 1]のように番号が示されたものは、同じ番号で示された部分とのオーバーラップを示す。(( ))は注記を示す。..はポーズを示す。直後に( )で示される場合があるが、これはポーズの秒数である。&は発話が途中で妨害され、次の&で再開したことを示す。
01 H: えーと、歌詞だね。
02 D: はい、そうです、完全に。
03 S: (0)そうですね。
04 D: (0)うん。
05 H: 音はこれ以上はすぐには多分 [1 よく、 1]
06 D: [1 まー 1]良くならない--
07 H: [2 良くならないと思うよね。 2]
08 S: [2 "Don't know what a slide rule2] is for"[3 を忘れてました。 3]
09 D: [3 まー、若干 3]俺、自分で問題ある所は[4 押してったよ。 4]
10 H: [4 俺も 4]"slide rule is for"を忘れた。
11 S: ま、あと今日はちょっと最高音がでないんで。
12 H: ま、それは。
13 D: ま、K((愛称使用))、あのー、..「チョキン」で。
14 K: そだね、切るんだよ[ね?]
15 H: [うん。]
16 D: そうなんだよね。
17 H: ((歌う))"slide rule is for"
18 D: ..歌詞が出ないしー。
19 D: [下っていた部分は大体分かっている。]
20 K: [なんか、う、歌いづらいな。]
21 S: 歌いづらいよね、ちょっとー。
22 K: ...(9)ねー、ここさ、ハ、 大悟、ね、ハミングの方が良いの?
23 D: いや、「ウー」でいい[7 よ 7]。
24 K: [7 うー 7]って、い&
25 H: うん、[8 言っていい。 8]
26 K: &[8 言っていいの? 8]
オーバーラップが非常に多く、おおむね非敬語での会話である。前の発話との間にポーズがない発話や、複数人で1文を構築する共同発話も見られ、協調的で共感の強い、親密な会話とみてよいだろう。オーバーラップ、非敬語、ポーズのない発話、共同発話は共感的配慮から相手との近接化を図るポジティブ・ポライトネスの表現である。Line 05-06、Line 24-25で見られる共同発話は、受け継ぐ側の発話がどちらもオーバーラップで始まっていて、強くポジティブ・ポライトネスが表現されている。
その一方で、敬避的配慮から相手との遠隔化を図るネガティブ・ポライトネスの表現も見られる。Line 05では「良くならない」ことを指摘することに相手の「他者と一定の距離を保ちたい」という欲求を侵害するリスクを感じたために、曖昧な表現になったものと思われる。係助詞「は」が繰り返し使用されることで文の主題が曖昧になり、さらに「すぐには多分」という表現で言語的な距離も長くなっている。また、核となるべき「良くならない」は、Hの発話では言いさし表現となり、これは敬避的配慮をさらに進めた言及回避、ほのめかしのストラテジーである。
冒頭部で丁寧語が見られるのが興味深い。丁寧語は聞き手をソト待遇するネガティブ・ポライトネスの表現であるとされる。これは話者の関係や、全体の発話の親密さにそぐわない表現である。丁寧語は、会話の後半、雑談に移ってからも見られる。
@は笑い声を示す。発話が@で挟まれた場合は、笑いながらの発話である。
27 H: あのねー、Naturally 7((バンド名))に[9 はまっちゃいました、この人((Sを示す))。 9]
28 S: [9 @@@@@ 9]
29 K: ((楽譜を見ながらの独り言))[10 そか 10]
30 D: [10 @ はまったんかい。@10]
31 H: はまっちゃいました。
32 D: DVDありますよー。
33 S: あれ((DVDではなく、バンド自体を示す))やばいよ[11 ね 11]
34 H: [11 買いましたか。 11]
35 S: ライブ聴きたい、[12 ライブ。 12]
36 D: ((Line 34への反応))[12 え? 12]
37 H: DVD。
38 D: (0)俺、だってライブのときに買ったもん。
39 H: あ、そかそか[そか。]
40 D: [うん。]
41 S: 貸して? @@@
42 D: いいっすよ。
43 H: やっぱ”Feel It In The Air”((曲名))はやばいよね。[@@]
44 S: [あれ]やばいね。あれも、できたらやりたい。 @@@
45 H: @@ ま、あれは割とアカペラっぽいからね。
46 S: うん。((歌う))”I can feel it comin’ in the air tonight, oh no And Ive been waiting for this moment for all my life, oh Lord, oh no.”
47 H: うす、..行きますか、..もう一発。
48 K: ..もう1回行くー?
49 S: (0)OKー。
50 H: (0)もう一回だけ行っとこうか。
51 S: (0)あいあい。
52 H: (0)歌詞ね。
53 S: ..もう[多分]&
54 H: [歌詞。]
55 S: &大丈夫。
56 H: OK、行こうか。[13 “slide rule is for”。 13]
57 D: [13 ま、正直 13]&
58 K: これあるよー、[14 歌詞ー。 14]
59 D: [14 あの 14]一回目は[15 分かるん 15]だけどー、
60 K: [15 @ 15]みんな、はい。
61 D: うーん、けど[2巡目に入ると、「うーん、わからない」って]なるよね。
62 H: ((歌う))[“slide rule is for”]
63 K: ((歌詞の文字が小さいのを見て)) @この、@[@ 豆粒のような。@]
64 S: [2番目一回しか歌わないしね。]
65 H: @そうそうそう。@
丁寧語及び丁寧な表現が現れているのは、Line 02、03、08、11の練習の反省部分、Line 27、31、32、34、42の雑談部分、そしてLine 47の練習再開を促す部分である。話者別にみると、Hが4回、D、Sが3回、Kが0回で、H、D、SとKの間には明らかな差ができた。発言権をとった回数はHが22回、Dが18回、Sが15回、Kが10回で、発言回数の差以上に、丁寧語の使用の差は大きいようだ。このデータを見る限りでは、Kは、親しい関係にある者同士の会話において丁寧語を使用するというストラテジーを持っていない。Kの発話は全て練習に絡むものであり、Line 27-46の雑談には参加していない。会話を雑談と練習に分ければ、丁寧語は練習に絡む内容の発話に6:4で若干多く現われている。
以下に丁寧語が現れた個所を抜き出す。
(1) 01 H: えーと、歌詞だね。
02 D: はい、そうです、完全に。
03 S: (0)そうですね。
(2) 08 S: [2 "Don't know what a slide rule2] is for"[3 を忘れてました。 3]
(3) 11 S: ま、あと今日はちょっと最高音がでないんで。
(4) 27 H: あのねー、Naturally 7((バンド名))に[9 はまっちゃいました、この人((Sを示す))。 9]
28 S: [9 @@@@@ 9]
30 D: [10 @ はまったんかい。@10]
31 H: はまっちゃいました。
32 D: DVDありますよー。
(5) 47 H: うす、..行きますか、..もう一発。
練習に絡む内容に若干多く丁寧語が用いられている。雑談と比べれば、相手との関係に距離をとるのも理解できるが、使用頻度に大きな差はないため、他にも距離をとる理由があると考えるべきだろう。
丁寧語の聞き手ソト待遇機能を考慮して、ウチ/ソトを分ける基準を考えてみる。(1)、(2)、(3)の練習の反省の場面では、ミスを認めた者が丁寧語を使用している。ミスを指摘した側と指摘された側、あるいはミスを認めた側と認めていない側という区別を反映していると見ることもできるだろう。(5)も練習に絡むものであるが、こちらは意識が練習に向かっているものと向かっていないものという区別といえる。(4)では、あるバンドに”はまった”者と、もとから好きだった者という区別を考えると、ウチ/ソトの区別が説明できる。丁寧語を使用しているのはもとから好きだった者である。丁寧語の使用により、新たに”はまった”ものをソト扱いし、揶揄するような印象を受ける。雑談に参加していないKは考えないこととする。
相手をソト待遇する側は、ウチ/ソト関係からみると、ウチ側となる。丁寧語が内輪であることを示す標識としても機能しているということになり、このデータでみられる親しい間柄での丁寧語使用は、ポジティブ・ポライトネスの表現であるということができる。
丁寧語の使用をKはこの丁寧語使用というストラテジーを使用していない。このデータを見る限りでは、このストラテジーをもっていないように見える。
もう1点、遠隔化の理由として、社会言語学的観点から、中村(2007)の、新しい「男ことば」を挙げることができる。「上下関係にもとづいた『おれとおまえ』の密着した親しさは、かっこ悪」いため(中村 2007, p.68)、「若者のような上下関係が少ない横並びの集団の中では、互いの『親しさ』を調整する言語資源が必要」となり、〈距離〉の表現である敬語が使用されたと考えられる。なお、中村(2007)では〈距離〉の表現としての敬語は敬語の用法の変化であるとされているが、滝浦(2008)からすればこれは当てはまらない。
中村(2007)の観点では、参加者が全員男性であることを重く見て、セクシャリティとジェンダーに絡めた議論を展開するところであるが、ここでは深く立ち入らない。簡単に触れておけば、「男らしさ」にとって異性愛であることは重要な要素であり、同性愛は嫌悪される。そのためあらゆる手段で同性愛者とみなされることを避けなければいけない。〈距離〉の表現である敬語はこのための手段となりうる。
参考文献
中村桃子. 2007. 『〈性〉と日本語 ことばがつくる女と男』 日本放送出版協会
滝浦真人. 2008. 『ポライトネス入門』 研究者